スモークフリーコラム

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神奈川が「受動喫煙防止条例」に踏み切った理由

一般社団法人スモークフリージャパン 松沢しげふみ

神奈川県知事としての1期目に、私は、県民の死亡原因の第1位となっていたがんを克服しようと、「がんへの挑戦・10ヵ年戦略」を打ち立てました。この戦略を議論する過程で、私はタバコの害や受動喫煙の危険性について、改めて多くのことを知りました。

 また、欧米への出張の際に、レストランをはじめとする公共的な施設に灰皿を置いていないことや、そういった場所でタバコを吸っている人がまったくいないことにも気付きました
 そこで帰国後にさっそく調べてみると、欧米のみならずアジアの国々でも、受動喫煙防止に関する法律が、次々と制定されているということがわかったのです。
 前にもお話ししたWHOの「たばこ規制枠組み条約」の存在を知ったのもこのころでした。
 この条約は、タバコの消費およびタバコの煙にさらされることが健康や社会に及ぼす破壊的な影響から、現在および将来の世代を保護することを目的としたもので、2003年にWHOの総会において全会一致で採択され、2005年2月27日に発効した、公衆衛生の分野では初の国際条約です。締約国は、タバコの需要を減少させるための価格政策や、受動喫煙防止のための措置、タバコ製品の包装についての規則、広告・販売促進の禁止など総合的な対策が求められます。

 日本も、2004年3月にこの条約に署名しています。しかし当時、国はこの条約に関して十分な取り組みをしていませんでした。条約を批准していながら、なぜ日本は何の法整備もしないのだろうという、素朴な疑問が湧きました。
 一方そのころ、県内では、受動喫煙防止の自主的な取り組みがすでに始まっていたのです。
 2006年から鎌倉保険福祉事務所が始めていた「空気もおいしいお店」「空気もきれいなお店」認定制度がそれです。
 これは、飲食店、美容院、理容店などが禁煙、分煙、時間分煙などの対策を自主的に実施して、保健福祉事務所が飲食店を「空気もおいしい店」、美容院や理容店を「空気もきれいな店」として認定し、パンフレットやインターネットで公表するものです。同時にお店では、対策内容を示したステッカーを店頭に貼っていました。
 これは鎌倉市内だけでなく、隣接する逗子市や葉山町も対象としていましたが、お店選びの参考になるということで、地域住民や利用客にたいへん好評でした。私が視察したころには、認定店も増え続けていました。
 このことにはとても考えさせられたし、また、改めて神奈川県の先進力の一端を見た思いがしました。
 そこで私は、この取り組みを神奈川県全体に広げ、より確固とした制度をつくり上げることはできないだろうか、と考え始めるようになりました。
 そして、2期目の知事選挙に立候補するに当たって、県民の皆さんとも意見交換を重ねながら、選挙公約であるマニフェストの第1項目として、公共的施設における喫煙を禁止する条例の制定を目指すことを盛り込んだのです。
 そして2期目に入り、受動喫煙防止条例の制定に向けた取り組みをスタートさせ、条例の基本的な考え方を発表したころのことでした。私宛に1通のメールが届いたのです。
 それは、妊娠4ヵ月になる30代の主婦の方からでした。そこには、ご主人とうどん屋さんで食事をしていたときのことが記されていました。
 お2人がすでに食事を始めていたとき、あとから来た初老の男性が相席になりました。テーブルに灰皿は置かれていなかったのですが、その男性は、席に着くなりタバコを吸い始めたそうです。お二人は、そこで初めて、そのお店やその席が禁煙でないことに気付きました。
 彼女は、空調のせいでタバコの煙がすべて来ることにたまりかね、自分が妊娠していることを告げ、自分たちが食事を終えるあいだだけタバコを控えてくれるよう、男性に頼みました。
 するとその男性は、「あんたが妊娠しているかなんてこっちには関係ない。だったら禁煙席で食事をすればいいだろう」と怒鳴ったということです。 そうした体験を記したあとに、「反対意見も多数あると思いますが、この条例案をぜひ通していただき、他の都道府県のさきがけとなっていただきたい」と締めくくられていました。
 私にはこのエピソードが次のことを語っているように思えました。

 それは、タバコを控えてくれるよう頼まれた男性の反応から、受動喫煙の危険性について、一般にはまだ十分な理解が得られていないということです。その危険性を知らない以上、個人の嗜好について他人からあれこれと言われるのは、不愉快なことかもしれないと思ったのです。
 そうであれば、喫煙者個人のマナーに委ねるだけでは、受動喫煙の危険を避けることは困難です。
 もちろん、タバコに限らず、常識的なマナーを守れる人、守れない人がいる場面はいろいろあります。飲酒や電車内での携帯電話など、他人のマナーの悪さで不愉快な思いをすることもあります。逆に愛煙家にもマナーのきちんとした人は大勢います。
 それらのマナーの中で、とくにタバコについて問題視するのは、それが明らかに他人の健康に害を与えるからなのです。いくらマナーの向上を声高に呼びかけても、耳を傾けてもらえなければそれまでで、周囲の人たちは受動喫煙の危険にさらされ続けるのです。
 また、メールのお2人は入店時にこのお店が分煙を講じているかどうか確認することはできませんでした。そのためにこういう体験をしてしまったわけですが、そのような意図しない受動喫煙の被害にさらされないようにするためには、個人のマナーや店の判断に任せるのではなく、だれもがわかるルールを設ける必要がある、と私は考えました。
だれもがわかるルール、それが「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」なのです。

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